
リストカットをしている人が何人もいた
よく話していた男性患者もリストカッター
なんとなく波長の合う、歳の近い男性患者(E男)がいました。
E男くんは「俺、リストカットしてん」と自らの手首を見せてきます。
そこには一本の細い傷跡がありました。
リストカットする男性もいるんだ、当時の私の素直な感想です。
私はC子のことを思い出します。
C子の傷跡はリストバンドに隠れていました。
ただ本人はリストカットをしていることをはっきり公言しています。
私は不謹慎ながらC子の傷跡が気になって仕方ありませんでした。
なぜなら、C子は「成功を祈っておいてね」とリストカットで本気で死のうとしていました。
C子に悲壮感は全く感じられません。
まるで演劇の公演の成功を祈っておいてね、くらいのノリでした。
C子は演劇をお休みしていると話していました。

本物のリストカット痕
ある日、私はC子に閉鎖病棟から少し歩いたところにプロテスタント系の小さな教会があることを話します。
小さな教会を見にいきたいとC子は目を輝かせました。
C子は自身も洗礼を受けていると話します。
私たちは散歩の時間を合わせてふたりで抜け出して教会を見に行く計画を立てます。
先に待ち合わせ場所で待っていた私に、サングラスやスカーフなどで少し変装したC子が「イエーイ」と声をかけてきます。
「教会見にいこ」と病院を抜け出し規定の散歩のコースからも外れて、なんだかワクワク。
その時に私の視線は、どうやらC子のリストバンドを捉えていたようで、C子に気づかれてしまいます。
「あっ、これか」と言ってC子はリストバンドを外しました。
そこにはミミズ腫れのような太い曲線が、暴れ狂った赤い爛れた跡が、数え切れないくらいありました。
手首を丸ごと切り落としてしまいたいかのような衝動を感じました。
「成功を祈っておいてね」とお決まりのセリフをC子は口にします。
本当に成功してしまいそうで、うまく言葉を返せません。

教会に着いて、C子は「本当にあったんだあ」となんだか嬉しそう。
あまり時間もなく私たちはすぐに引き返します。
私はいつもC子に小説を読んでもらい指摘を受けて、本当に勉強になっていました。
C子に最近書いた小説も読んでもらいたかったです。

閉鎖病棟の御来光
皆が朝から集まっていた
夜明け前に目覚めた私は、少し廊下でも歩こうと思いました。
奥の方へ行くとC子やE男やその他大勢が窓の外を眺めています。
朝日が登ると、皆目を輝かせてます。
すごく不思議な感じがして、今でも私の心の中に御来光の瞬間を眺めるみんながいます。
この体験を元に、僕は小説の冒頭にこのシーンを使おうと考え、新人賞への応募作を書きました。
結果は一次審査落ちでした。
まあ、実力が足りないのでしょう。
ちなみにこの作品もnoteに載せておきます。よかったら読んでくださいね。
それでも、この作品をC子には読んでもらいたかった。
C子だったらどんな指摘をしてくれるのだろう。

彼女は成功してしまった
C子が成功してしまったことは、退院して1年後ぐらいにB美から聞きました。
死因については全く触れられていなかったのですが、精神科繋がりで若い人間が死ぬということは、自殺以外には考えられません。
C子の演劇も見てみたかった。
C子さん、いろいろ話してくれてありがとう。
ご冥福をお祈りします。