哲学

現在にいう「メンヘラ」とは何かを哲学する

哲学の木

メンヘラとは人生そのものである。

これは私だけの答えです。同じ答えの人がおられるかもしれませんが。

ずっと病気と歩んできた人生。

メンヘラでない自分が想像すらできないでいます。

傷つきやすい、打たれ弱い、人前無理、急に怒り出す、情緒不安定な自分自身が、今は好きでも嫌いでもありません。

そんなことはどうでもよくなってしまいました。

関心がなくなりました。

無理に変化しようとしなくなりました。

あるがままの気持ちを、素直に受け入れる。

自分を客観的に見つめることができるようになったのかもしれません。

今できることをする。

できるだけ背伸びをしないようにしています。

あとは健常者と比べないようにしています。

健常者の普通はメンヘラが精一杯頑張ってもできない事例がいくつもあると思います。

これだけの仕事がこれだけ時間を取ってなぜできない。

仕事先で作業スピードについて責められました。

でもできないものはできないのです。

昔は背伸びをして時給が高いところで働いてました。

そうすると、仕事ができないと風当たりが強過ぎるのです。

だから今はほぼ最低時給で働いています。

苦言を言われにくくなりました。これおすすめです。

哲学の木

自分のことについて話し過ぎて、しっかりメンヘラを哲学できていませんでした。

ここからエンジンをかけていきます。

メンヘラとは人間らしさである。

私はこう思うんです。おかしいのかもしれませんが。

近年、AIの発達が騒がれています。

AIが支配する日も近い、ターミネーターの世界が現実に、のような話で盛り上がったりします。

AIは人間の知能を凌駕して、さらなる発展を遂げるようです。

すごいですよね、

そこで質問です。メンヘラのAIって想像できますか?

全く想像できないし、そんなもん作らないでしょう。

ロボットがメンヘラなんてないでしょう。

だからこそ、メンヘラは人間らしさなのではないかと思うのです。

メンヘラの可能性を見出すとしたら、人間性を突き詰められる人になることかな。

欲があり、喜怒哀楽があり、思うように人生を前に進ませることができない。

しかし、その人間臭さが人々を魅了することだってある。

そこを極めれば人生ワンチャンあると思います。

なんかよーわからんコンテンツですんません。

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