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タイトル未定の連載小説3

神社仏閣

家族が寝静まったあと、猫を起こさないようにそっと布団を出る。
昨日のラジオを録音したテープを巻き戻して待っている間、期待に胸が膨らんでいた。
巻き戻しはなかなか終わらない。
はやく、はやく!
急く気持ちが体の奥底から湧き上がる。
巻き戻しが終わるとすぐに再生ボタンを押し、彼女の声が聞こえるのを待った。
この回は神回だった。
面白おかしく何度聞いても心が躍る。
ただテープが伸びている感じでたまに聞き取れない語尾があったりしたのが残念でならなかった。
朝まで延々とテープを聞き続けた。

睡魔に飲まれても俺は彼女のことを考えていた。
夢の中で彼女は、まるで俺にだけ語りかけるように話し続ける。
俺が父と仲が悪いことを心配してるようなことを言っていて、それで夢だと判別できた。
それから家の近くにある歴史ある神社仏閣の話を始める。
「ええとこやね!」
本当に俺のためだけのラジオが夢の中で繰り広げられる。
「がんばっ!」
彼女の締めくくりの言葉に嫌おなしに励まされてしまう。
夢はエスカレートしてゆく。
ラジカセから聞こえる彼女の声がリアルになってきて、まるで彼女が隣にいるような感覚に落ちいる。
「ねえ、聞こえる?」
「は、はい」
「聞こえてる?」
彼女の声はどんどん大きくなっていく。
「聞こえてます」
「聞こえますかー?」
「うん」
「あんた聞こえてるんか」
はっと目を覚ますと、目の前に母が立っていた。
「音うるさいから小さくして」
「え、ああうん」
少し伸びたテープはたまにイカれた音を立てて回り続けていた。

寝汗が酷く俺はシャワーを浴びることにした。
幻でもいいので湯けむりの中から彼女が現れないかと、不謹慎なことを考えたりする。
それだけでも現実世界が少し楽しくなった。
今は夜明け前、俺は近くの神社仏閣へ散歩に行くことにした。
彼女が夢の中で言っていたあの神社へ行ってみたくなったのだ。

師走の早朝は冷蔵庫の中のように冷え切っていた。
神社は世界的な観光地だが、流石にこんな時間から人はいない。
俺の他には近くの川で朝釣りをする釣り人ぐらいしか見当たらない。
神社の敷地内に入るにはお金がいるし、しかも時間外だし無理だった。
キョロキョロと周りを見渡していると、神社の入り口付近にある藤棚の下に釣り人以外の誰かがいることを発見する。
女の人のようだった。
大きなボストンバックの脇で体育座りをして顔を伏せて下を向いている。
この寒い中、女の人は薄着でサンダルを履いている。
「あの、大丈夫ですか?」
普段絶対に声なんてかけないのに、なぜかその時は自然と声が出た。
「私、家出してきました」とはっきりとした返事が返ってきた。
そして俺は女の人の声を聞いて驚いてしまう。
ラジオの彼女と同じ声をしていたからだった。

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